Silence Express

ご訪問有難うございます。 1978年以降、何度かのブランクはありますが 撮り溜めてきた主に鉄道画像をアップしていきます。 旧ブログ(Yahoo!より移転)http://moonexpress.blog.jp/ 旧ブログの画像・記事を再掲・別使用することがあります。

特急形電車

489系<クハ489-200・600番台>「あさま」(1985年9月)

国鉄時代、貫通形クハ489(200・600番台)の特急「あさま」。

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60・3ダイヤ改正で復活した489系「あさま」。このあと61・11改正では
貫通形編成は金沢から長野へ移動し「あさま」専業となり
在来線特急廃止まで運用、最後は189系と同じ「あさま色」でした。

既に貫通扉は塞がれていたかと思います。
タイフォン上部の塗装剥がれ補修跡がやや痛々しい、クハ489-605。
車内に乗客がいないので、恐らく上野から東大宮への回送途上だったのでしょう。
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                                 大宮 1985(昭和60)年9月
  

「こだま」の面影 181系「あずさ」(1975年7月)

いずれも旧ブログでも載せた画ですが
小学生の未だ関西に居た頃、東京の親類を訪ねた際
新宿で見ることが出来た、中央東線181系電車特急「あずさ」です。

最近では「あずさ」で運用されたE257系が、東海道線東京口に転用される時代ですが
半世紀前は、東海道・山陽で頑張った旧151系が181系新製車と共に
「あずさ」を構成。ただ運行開始直後は「とき」と、後に「あさま」と共通運用を組んだので
「あずさ」独自の運用ではなかったようですが。。。


151系時代の面影を残した、帯なしのクハ181-5。
架線柱が残念ですが、仕方ない。帯なしのクハをしっかりと認識して
目にしたのは、この時が最初で最後でした。

img353 - コピー (3)

これも旧151系のサロ181-2。
東海道時代、旧サロ151にはいまで言うパソコン、充電スペースに相当しそうな
「ビジネスデスク」が車端に設置されていたそうですが、この頃は残っていたのだろうか。
img354 - コピー


最後部1号車は、クロハにならず直接クロ181-12から改造されて
しまった(敢えてそう表現しますが)クハ180-51でした。
「あずさ」や「あさま」であれば、クロの車体そのままで観光要素を兼ねて
活用できたのは、と勝手な考えもしますが昭和40年代は輸送力至上だったろうし
特殊な車両は、極力減らす傾向もあったのでしょう。
因みに、2号車のモハ180形は番号失念しましたが
ビュフェ合造車モハシ180からの改造の50番台、屋根のクーラー配置に名残。
img355 - コピー (3)

                           以上 新宿にて 1975(昭和50)年7月

新宿18時発、発車間際に何とか撮れたものでした(3枚目の画は既に動き出している)。
私にとっては、”8時ちょうど”ならぬ
この”(夕方)6時ちょうど” の「あずさ」が、いまでも記憶に残ります。


この頃「あさま」は189系に置きかえられ、181系運用の「あずさ」も
この後時を経ずして、置換えられたとのことです。私が東京に引っ越してきた頃には
「とき」の181系も、3往復前後に減っていました。


・・・おまけ 川崎重工業に於いて、新幹線0系と共に保存の
クハ26001に復元されたクハ181-1。一昨年和田岬線訪問の折、見に行きました。
DSC_0197 (2)

                                   2018(平成30)年10月

E257系電車「踊り子色」と「武田菱」(2020年/2019年)

過日、E235系試運転を撮りに行った際に
合わせて撮った、E257系2000番台特急「踊り子15号」(NA-13編成)。
3月ダイヤ改正までは、「スーパービュー踊り子7号」で運行されていた列車です。
デビューから間もなく、運行休止に追い込まれた後再開して早1か月。
E257の「踊り子」は、やっと2度目の撮影ですがLED失敗しました。

DSC_0133

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今後、修善寺編成となって出てくる2500番台と合わせて
東京方の顔がすべて貫通形になるのは、やや抵抗を感じますが・・・。
DSC_0137
                             
                                    2020(令和2)年7月

・・・こちらは、昨年同じ場所で中央東線特急時代の「武田菱」色0番台(M-107編成)。
日光から帰路の集約臨。
DSC_0194

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                                   2019(令和元)年5月




大船にて 253系「成田エクスプレス」最終の頃 (2010年6月)

10年前の6月30日、特急「成田エクスプレス」の253系電車の運用が終了しました。

配属が鎌倉車両センター(旧大船電車区)で、始終着にもなっていたこともあってか
大船駅には、独自のお別れポスターが掲出されました。

DSCN0186 - コピー
                     (※色合いが少々おかしいですがご容赦ください)

DSCN0158


どこか、日光特急転用を暗示したような色使い?のポスター
DSCN0185

イベント開催もあったようです。物井~佐倉の定番ショットですね。
DSCN0187


東神奈川付近を走る、253系「成田エクスプレス」。
DSCN0051 - コピー

                                 以上 2010(平成22)年6月


「ぶらり鎌倉号」車両変遷 (2012年/2013年/2015年)

今年のコロナ禍の影響で、毎年6月に他地域から横須賀線鎌倉へやってくる
臨時列車は運休となってしまいましたが、一昨年の6月を最後に
運行されなくなったのが、常磐線いわき(末期は日立)発の「ぶらり鎌倉号」
(2015年以降は「ぶらり横浜・鎌倉号」)でした。

485系K60編成で運行されていた「ぶらり鎌倉号」。
専用のヘッドマークも。最北の電化区間で苦闘し、東北や日本海縦貫線でも
活躍をつづけたクハ481-1504と1505が横須賀線に足跡を残しました。
この時代に、一度鎌倉→土浦で乗ったことがありました。当時は車販もあり。
DSC_0992 - コピー
                                    2012(平成24)年6月

2013(平成25)~2014(平成26)年は、特急「フレッシュひたち」を離れたE653系が来訪。
青色のK308編成。K60編成もそうだったと思いますが「海」をテーマにした
ブルーも、横須賀線で見ると「紫陽花ブルー」を連想させました。
見えづらいですが、ヘッドマークは「HITACHI EXPRESS」のまま。
DSC_0754 - コピー
                                    2013(平成25)年6月

2014年の紅葉シーズン以降は、651系K103・K105編成で運用。
翌年のダイヤ改正以降、武蔵野線経由から上野東京ライン経由となり
「ぶらり横浜・鎌倉号」となりました。残念ながら愛称表示はなし。そのお陰で
営業列車でも回送でも同じ姿で撮れるのは助かりましたが(苦笑
CSC_0846 - コピー (2)
                                    2015(平成27)年6月
                                    北鎌倉~鎌倉にて

2018年の春と6月に運行された際は、それまでの急行から快速に変更されました。
今思えば、サロ651にグリーン指定券のみで乗れる機会でしたが・・・。
K103も105も廃車となってしまいました(最近、651系自体勝田配置は無くなったそうですが)。

この列車を使った旅行商品もあって、列車を見る限りでも席はいつも埋まっていた
ように見えました。いつか世間が落ち着いたら国鉄特急色となって勝田に
戻ってきたE653系(K70編成)で”復活”しないかと、少し期待しています。
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Sin

ギャラリー
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