Silence Express

ご訪問有難うございます。 1978年以降、何度かのブランクはありますが 撮り溜めてきた主に鉄道画像をアップしていきます。 旧ブログ(Yahoo!より移転)http://moonexpress.blog.jp/ 旧ブログの画像・記事を再掲・別使用することがあります。

一般形気動車

<”宗谷急行色” 復刻決定> キハ400形「サロベツ」(1993年2月)

昨年、JR北海道が記念入場券の企画として実施した
「北の復刻40リクエスト」の結果が発表となり
6種あった装いから、1988(昭和63)年に14系客車編成から置換えられ
2000(平成12)年に特急格上げとなる間、札幌~稚内で運行された
「宗谷急行色」(キハ40・48改キハ400・480形)が最多で選ばれました。
https://www.jrhokkaido.co.jp/kiha40/index.html

大変な状況の中、企画の行方が気になっていましたが
無事に決定で良かったです。1種類1両のみ、で少し寂しくはありますが
無理を言ってはいけませんね。
今秋以降、旭川地区運用のキハ40に施されるとのことです。
今年は無理だと思いますが、来年には一度訪ねてみたいと思うところです。

1993年、上り急行「サロベツ」(旧「天北」→「宗谷4号」)に乗車した際の
キハ400形です。当時は「宗谷」「サロベツ」そして夜行「利尻」に
各々大形ヘッドマークを掲げ、札幌と最北端の地を結びました。
img579 - コピー
                                  稚内 1993(平成5)年2月

高性能エンジンへパワーアップされ、スピードアップを実現しましたが
キハ183と同じシートが、窓割と合わないのがちょっと苦しかったですね(苦笑

可能であれば、このロゴも復活出来れば嬉しいです。
img578 - コピー
デビュー間もなく、天北線廃止で短命に終わった「SOHYA TENPOKU」でも良いかも。



 (原案イラストお借りしました)
large-5de0b46964cb9
                                                          

「宗谷急行」は実際に存在した装いでもあり、”復刻”には一番合っていたと思います。
特急色はちょっと・・・「キハ183風」は、同系の「オホーツク」「大雪」編成で
復刻が叶えば嬉しいですが・・・。



キハ66・67形 (1982年3月)

国鉄時代の小倉駅にて、キハ28・58形と組んで停車中のキハ66・67形です。

3-26 004 - コピー - コピー
                                 1982(昭和57)年3月
当時は、北九州地区で運用されていた同形。下関まで顔を出していて、初めて乗ったのは
関門トンネル越えでした。
ステップ板を見ると「(キハ)66 5」の表記。現在も「シーサイドライナー」色となって
長崎地区で健在のようですが、既に置換の始まっているハイブリッド気動車YC1系に
仲間と共に後を託す日も近いのでしょう。

新幹線のフィーダーサービスや急行運用も考慮(日田彦山線で運用)した、汎用気動車として
冷房付きで国鉄では珍しい、転換クロスを採用の意欲的設計ながらも
当時の国鉄の事情や入線制限もあり、残念ながら後が続かず。
ただ車体前面デザインはキハ40系列などが踏襲して、”全国区”の表情に。
アコモーデーションは、後年の117系電車や115系3000番台へ継承され
民営化後の東日本を除く、JR各社の大都市圏近郊形電車や気動車へ繋がって
いったものと思われます。













キハ54 500番台 急行「礼文」 (1993年2月)

国鉄末期に北海道と四国に導入されたキハ54。

北海道の500番台、527~529の3両は
新幹線0系の転換式シートを装着し、ヘッドマークを掲げ
旭川~稚内間宗谷本線急行「礼文」専業で運用されました。

終着稚内にて 旭川起点259kmキロポストと共に。
img006
                                    1993(平成5)年2月


孤高の存在。 (1994年3月)

廃止がクローズアップされてから、訪問したこともあったでしょうけれど
「深名線=キハ53 500番台」の印象が強く残ります。

束の間、雪晴れの朱鞠内で一息。

img030
                                    1994(平成6)年3月


キハ56時代、時には長編成で北海道内を駆けた華やかな過去を持ちつつ
独り深雪の地を往く姿は、一匹狼の如く孤高の存在に映ったかも知れません。



東北本線”多層建て急行”崩れのキハ52 (1982年)

(この記事は、以前のブログで2012年5月2日に載せたものです)
”57・11”ダイヤ改正間際、福島へ東北本線特急列車撮影の際
福島駅~貝田駅で乗車したキハ52形です。

1979 023 - コピー
                         東北本線 貝田にて 1982(昭和57)年10月



この列車は、福島まで水戸発(磐越東線経由)の「いわき1号」と

この列車は、福島まで水戸発(磐越東線経由)の「いわき1号」と
会津田島・只見・喜多方発の「いなわしろ1号」が郡山で一緒になり
仙台へ向かう”多層建て”急行で、福島~仙台間は普通列車でした。
多層建ての気動車急行は、東北地方でよく見られたとのことですが
この列車を含め、57・11改正迄にほぼ全廃になったかと思われます。
私が乗車したと思われる、最後部のキハ52(車号失念)は
現在の会津鉄道の会津田島発の車両だったようです。

プロフィール

Sin

ギャラリー
  • E235系試運転&踊り子・貨物列車 (2020年7月)
  • E235系試運転&踊り子・貨物列車 (2020年7月)
  • E235系試運転&踊り子・貨物列車 (2020年7月)
  • E235系試運転&踊り子・貨物列車 (2020年7月)
  • E235系試運転&踊り子・貨物列車 (2020年7月)
  • 飯田橋駅曲線ホームと”車両変遷” (1982年/2010年/2019年)
  • 飯田橋駅曲線ホームと”車両変遷” (1982年/2010年/2019年)
  • 飯田橋駅曲線ホームと”車両変遷” (1982年/2010年/2019年)
  • 飯田橋駅曲線ホームと”車両変遷” (1982年/2010年/2019年)
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
メッセージ

名前
メール
本文
「J-CASTニュース」は提供を終了しました。
livedoor 天気
  • ライブドアブログ