Silence Express

ご訪問有難うございます。 1978年以降、何度かのブランクはありますが 撮り溜めてきた主に鉄道画像をアップしていきます。 旧ブログ(Yahoo!より移転)http://moonexpress.blog.jp/ 旧ブログの画像・記事を再掲・別使用することがあります。

九州の鉄道

481・485系「有明」(1980年)

公式には明日発表?
九州島内初の特急列車で、半世紀以上の歴史を持つ鹿児島本線の「有明」が
来春のダイヤ改正で消滅することになるそうです。

九州新幹線全通時点で大方の役割は終えた、と言って良いのでしょうけれど
最近の事情は全く知らず、いまは大牟田→博多の上り1本のみになっていたとは
知りませんでした(汗

画像は1980(昭和55)年春、博多駅にて。
初めて九州へ行った際に撮った481・485系の「有明」です。本数的な最盛期は
これより後かと思いますが、殆どが門司港・博多~西鹿児島間で運行され
新幹線博多開業以前の、向日町時代の編成をほぼ継承する
食堂車も連結されていた(営業列車は限られていたようですが)特急列車らしい編成の
最後の頃かと思います。

”一期生”赤スカートのクハ481形。後年常磐線「ひたち」大増発で本州に戻りました。
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この画では判らないと言った方がいいですが、当時博多方のクハには車内で
ビデオ上映する「ビデオカー」なる車両がありました(乗降口横にステッカーがある)。
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当時は未だ、581・583系も運用されていた頃でしたが
残念ながら見ることは出来ませんした。


急行「くまがわ」 (2003年9月)

豪雨、改めて被害に遭われた方にお見舞い、ご哀悼を申し上げ
自衛隊を始めとする、復旧にあたられる方々に敬意を表します。
歴史遺産が失われたのは残念至極ですが、肥薩線、くまがわ鉄道
そして久大本線の復旧を祈念致します。
やっと、豊肥本線は開通の運びとなったというのに・・・ですが。

17年前の初秋、隼人側から肥薩線を通した際に
人吉から乗った急行「くまがわ」です。歴史ある「くまがわ」は時代によって
運行区間やアコモデーションが異なりましたが、乗車したのは
急流と可憐な花のイラストヘッドマークに、当時のJR九州のお得意の装い?
「DC-EXP」塗装のキハ65+58。私にとっては、最後の気動車急行乗車でした。

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終着熊本にて 815系電車と共に。
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天候はいまひとつでしたが、球磨川の清流を眺めつつ快走した
「くまがわ」。力強いエンジン音と共に、至福のひとときでした。
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                                以上 2003(平成15)年9月


岐阜県や長野県も河川が・・・高山本線や中央西線が心配です。

                                                     
                              


南と北、それぞれのED76  (1982年/1983年)

九州北部に大雨特別警報、これ以上の被害が出ないことを願います。

このような日に、やや不謹慎かも知れませんが・・・
日付に因んで、ED76形電気機関車。いずれも国鉄時代です。

南のED76より。
博多にて、ED76 87号機牽引荷物列車。
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南福岡にて、ED76 1018号機牽引貨物列車。
1018は今も現役とのこと・・・1979年製ということで、新鶴見のEF65PFと
同世代ですね。
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                                    1982(昭和57)年3月

北に転じて、北海道向け500番台。
地上時代の札幌にて ED76 521号機牽引 14系客車急行「ニセコ」
SGの煙も高らかに。
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                             (プリントスキャン)                                               1983(昭和58)年3月

1994(平成6)年の521号機。
silenceexpress.blog.jp/archives/6471485.html



九州のED75 <304号機> (1982年3月)

東京へ向け発車を待つ、ED75 304号機牽引寝台特急「さくら」。
ヘッドマークは、未だ復活していませんでした。

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                                 長崎 1982(昭和57)年3月

九州向け300番台を目にしたのは、この1回のみでした。JRに継承されることなく
全機が1986(昭和61)年に退いています。

キハ66・67形 (1982年3月)

国鉄時代の小倉駅にて、キハ28・58形と組んで停車中のキハ66・67形です。

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                                 1982(昭和57)年3月
当時は、北九州地区で運用されていた同形。下関まで顔を出していて、初めて乗ったのは
関門トンネル越えでした。
ステップ板を見ると「(キハ)66 5」の表記。現在も「シーサイドライナー」色となって
長崎地区で健在のようですが、既に置換の始まっているハイブリッド気動車YC1系に
仲間と共に後を託す日も近いのでしょう。

新幹線のフィーダーサービスや急行運用も考慮(日田彦山線で運用)した、汎用気動車として
冷房付きで国鉄では珍しい、転換クロスを採用の意欲的設計ながらも
当時の国鉄の事情や入線制限もあり、残念ながら後が続かず。
ただ車体前面デザインはキハ40系列などが踏襲して、”全国区”の表情に。
アコモーデーションは、後年の117系電車や115系3000番台へ継承され
民営化後の東日本を除く、JR各社の大都市圏近郊形電車や気動車へ繋がって
いったものと思われます。













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  • 京成3300形<モハ3333> (2012年11月)
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  • 府中電車区のクモハ32000 (1981年3月)
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