Silence Express

拙い画像ばかりですが、無断転載禁止!! ご訪問有難うございます。 1978年以降、何度かのブランクはありますが 撮り溜めてきた主に鉄道画像をアップしていきます。 インスタグラム @sinnovator1011 (下記リンク有)も併せ訪問頂ければ幸いに存じます。 旧ブログ(Yahoo!より移転)http://moonexpress.blog.jp/ 旧ブログの画像・記事を再掲・別使用することがあります。

京阪5000系

半世紀お疲れ様でした、京阪5000系。

日本初、そして最後まで残った多扉車
京阪5000系電車が半世紀の任を終え、昨日限りで退いたとのことでした。

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                                 野江 2013(平成25)年2月

ラッシュ時間帯は5扉で、そしてデータイムはラッシュ専用ドアのスペースに
天井から座席を降ろして締め切るという、斬新なアイデアでした。
特急テレビカーとは対極的な、京阪技術の誇りと言えるでしょう。

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                                   2010(平成22)年10月

5554号。1980(昭和55)年に発生した、置石による脱線転覆事故に遭遇し
代替新造された「2代目」でした。
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                                中書島 2008(平成20)年3月

2200系電車と行き交いつつ、複々線を快走する5000系電車。
角張ったオールアルミの車体は、優美な卵形の2200系とは対照的なスタイルでした。
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                                 野江 2013(平成25)年2月

編成の一部でなく、全車両が5扉であったのはある意味壮観
京阪5000系が唯一の存在でした。
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                                大和田 2013(平成25)年2月

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                                 土居 2013(平成25)年2月






京阪5000系電車 (1979年/1981年/2013年)

京阪電鉄のダイヤ改正を前に、日本初の5扉車である5000系電車
1970(昭和45)年以来の半世紀に及ぶ、朝ラッシュ限定5扉運用が終了しました。
同系に始まり、後に首都圏のJRや地下鉄等でも採用された多扉車の歴史は
元祖が幕引きを図ることになります。

劣化と荒れ気味画像で恐縮ですが、昭和時代の5000系の画より。
複々線区間を快走する、標識板を掲げた時代
(大阪)淀屋橋行急行<5552F・既廃車>

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                                    1979(昭和54)年8月

(大阪)京橋を発車する、ひらかたパークのイベント標識板付き急行<5553F>
img705 (2) - コピー - コピー
                                    1981(昭和56)年3月


塗装変更後、近年(と言っても8年前ですが)の画より。
(大阪)淀屋橋行き通勤準急に充当<5557F・既廃車>
DSC_0096

見事にドアが並ぶ。 
DSC_0719 - コピー
                                    2013(平成25)年2月

現在4編成が残る5000系、当面3扉での運用が続けられるそうですが
今年前半中には全て退くとのことです。



ラッシュ時の京阪5000系 (2013年2月)

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1970(昭和45)年12月にデビューした
日本初の多扉車(5扉)、京阪5000系電車が50周年を迎えました。
ヘッドマーク掲出や、色々イベントなどもあるようです。
同時に、来年1月ダイヤ改正ではラッシュ用ドアの運用を終了
終日3ドアの運用になるそうですが、ホームドア設置も絡み同系自体の
終焉そのものが近いとのことです。

デビュー時には沿線に住んでいましたが、窓の数よりドアの数の方が多い
角張った車体は、子供心にも非常にインパクトの強い電車ででした。

5000系の”威力”を見せつけた、5ドア使用時の朝ラッシュ
大阪・京橋駅でのスナップです。

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                                   2013(平成25)年2月
また時期改めて、この電車は記事にしたいと思います。

高架移設から半世紀・京阪京橋駅 

CSC_0352

昨11月30日は、相鉄JRの記念すべき日でありましたが
大阪万博を控えた、半世紀前の1969(昭和44)年11月30日
京阪電鉄本線・野江~天満橋間複々線化の一環として京橋駅が高架駅として移設開業した日。
因みに阪急(大阪)梅田駅宝塚線ホームが、神戸線に続いて
現在の位置に移動した日でもあります。

当時、私は京阪沿線に住む小学校低学年でしたが
開業当日に亡父に連れられ、高架駅を見に行きました。
写真を撮った訳でも、記念乗車券の類を買ってもらった訳でもないですが
それまでの、大阪環状線の下をくぐる地上の狭い駅とは全く異なる
大きなビル(と当時は見えた)に内包されたホームは子供心にも目をみはり
現在もあると思いますが、地上改札階から4階ホームまで
直行する、長いエスカレーターが印象に残っています。

駅の外観の写真は無いのが恐縮ですが・・・
数年前の画像になりますが、引退を目前に控えた頃の
旧3000系特急列車が入線。
DSC_0917
                                
駅ビル(京阪モール)内に造られた、2面4線構造の広いホーム。
2400系(右)と2200系(左奥)。
DSC_0015
                                 以上 2013(平成25)年2月


・・・車両主体の画ですが、昭和時代の写真より  更新前の2200系電車。
img698 (2)


日本初の5扉車、5000系電車。
img704 (2)


大阪環状線をオーバークロス、京都方面へ向かう2000系電車。
昇圧工事に絡み、2600系に車体を譲るため消滅寸前の頃。
img700 (2)
                                以上 1981(昭和56)年3月




・・・11年前の画像ですが、環状線を隔てた反対側にあった旧京橋駅跡。
大阪淀屋橋方向から来た電車は環状線のガードをくぐり、この位置にあったホームに
滑り込んできました。

DSCN0022


同じ場所から、京都方向を望む。右側の看板は、関西ではお馴染?のレジャービル。
駅や線路跡と言われても信じ難くなっていますが、この風景もいまはまた変化が
あるのかも知れません。
嘗てこの場所を通った2200系や、2000系の車体を流用した2600系は一部が未だ現役です。
DSCN0021
                              以上 2008(平成20)年3月
プロフィール

Sin

ギャラリー
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