Silence Express

ご訪問有難うございます。 1978年以降、何度かのブランクはありますが 撮り溜めてきた主に鉄道画像をアップしていきます。 旧ブログ(Yahoo!より移転)http://moonexpress.blog.jp/ 旧ブログの画像・記事を再掲・別使用することがあります。

近鉄特急

近鉄18200系 (1982年)

前記事の五十鈴川駅にて 2680系急行を待避させ
通過して行く、18200系賢島行き特急列車。

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車両限界があり電圧も異なっていた、京都・橿原線から伊勢方面へ直通するために
狭幅車体・複電圧で登場した特急車でした。

(追記)この画像の頃は、既に上記のような条件は無くなっていました。
逆に転換クロスシート等の接客設備で、他の特急車より少々見劣りの
する立場になっていたのかも知れません。

近鉄21000/21020系 (2019年2月)(おまけ画像・1990年)

1988(昭和63)年以来、名阪特急(甲特急)のフラッグシップであり続けた
「アーバンライナー」近鉄21000系。

昨年の2月、大阪線・八木駅にて久しぶりに対面した際に撮ったものです。

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こちらは、2003(平成15)年にデビューした21020系
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1977(昭和52)年デビュー、12400系特急と顔を合わせた、名古屋行き。
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大阪上本町行き2410系急行と21000系。
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・・・まもなくのダイヤ変更(ダイヤ改正)で、80000系「ひのとり」がデビュー
21000・21020系は停車駅の多い、名阪乙特急に順次移って活躍は続きそうですね。
その過程で、12200系は完全に退くことになるのでしょうが・・・。

蛇足ながらおまけ
デビュー翌年の1990(平成2)年3月、名古屋→難波間
初めて21000系に乗車した時のスナップです。
オーディオサービスもあった、デラックスシート1人掛けで移動しました。
乗降口には、アテンダントの方のお出迎えがあったのですね。
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当時は勿論、名古屋~鶴橋ノンストップの時代。
競合する東海道新幹線は、100系「ひかり」全盛期の頃でした。








近鉄特急と字幕式発車案内 (1979年)

近鉄が、長野線の終点・河内長野駅に設置されている同社では最後の
字幕式の発車案内(正式名称は「字幕回転式発車標」)を”引退”させる
(最新式に更新)ことになり
同社のHPで紹介されると共に、話題になっているそうですね。
記念入場券が出たり、駅にはメッセージも掲出されているそうで・・・。
https://www.kintetsu.co.jp/kanko/kanko_info/news_info/kawachi-nagano_20200106.pdf

こじつけに加えて下手な画像ですが、1979(昭和54)年に近鉄山田線・宇治山田駅での
特急列車とそこに映り込んでいた、字幕式案内の画より。

当時はまだ新鋭だった「サニーカー」12400系 「特急 鳥羽」
img263


引退直前の「ビスタⅡ世」10100系(B編成・10110F) 「特急 賢島」

img647


「ビスタⅡ世」10100系(C編成)+12200系? 
同編成の大阪上本町行き特急と、3分後に発車する名古屋行き特急の案内が見える

img630

「回送」の12200系(左)と、18400系特急京都行き
img635

車両の方向幕同様、1960~1980年代くらいまで?一般的だった
駅のホームの字幕式の案内もいまや絶滅寸前とは、改めて認識した次第で。
国私鉄問わず、車両同様”幕回し”は結構見入ったものですね。新幹線開業前の
国鉄上野駅など、特に楽しかった記憶が・・・。


近鉄12200系ツーショット (1982年)

来年2月より全面禁煙化に関連して、近鉄特急12200系は
来年度末までの運用終了がアナウンスされました。
https://www.kintetsu.co.jp/all_news/news_info/zennkinnenn.pdf


今年就役50年を迎え、狭軌路線以外の特急走行路線のほぼすべてと言って良いほどの
運行系統に充当されたであろう、嘗ての一大勢力の同系も正式に先が見えることとなりました
(団体用に改造された車両の去就は不明ですが)。

12200-1

画像は1982(昭和57)年12月、更新前の羽根付き「特急」ヘッドマークの時代
五十鈴川駅にて離合する12200系。

今年2月に少し近鉄乗り撮りした時、出会えなかった同系
最後にもう一度は乗りに行きたいものと思います。

近鉄12200系「スナックカー」(1979年/2013年)

こんばんは。

昭和40~50年代前半、近鉄特急の主役であった12200系。
大阪万博を控えた1969(昭和44)年デビューだったので、今年で
半世紀を迎えていました(初期車両は既に廃車になっていますが)。

製造当初のスタイルを保っていたころ。
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                      名古屋線 桑名 1979(昭和54)年3月
最近の姿、と言っても6年前に撮ったものですが・・・。
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                                                                                        京都線 丹波橋 1979(昭和54)年3月

個人的には、初めて乗った近鉄特急が12200系でした。
更新前の、国鉄のグリーン車のような赤いモケットのリクライニングシートが
豪華に見えたものでした。


168両造られた同系、昭和30年代製造の特急系列とも手を携えたこともあり
以降この半世紀の近鉄特急の、変遷をも眺めてきた証人となりました。

いまはかなり数を減らしたなか、新形特急80000系「ひのとり」デビュー後の動きは如何に。
他系列に施される新塗装化対象から外れ、現行塗装のまま静かに退くことは
ある意味幸せかも知れません。
プロフィール

Sin

ギャラリー
  • 中央東線のクモニ83形800番台 (1981年1月)
  • 西のキハ82形より。(1978年3月)
  • 西のキハ82形より。(1978年3月)
  • 北海道のキハ82より。(1983年3月)
  • 北海道のキハ82より。(1983年3月)
  • 夜の海坊主  <クモユニ81003> (1981年1月)
  • 夜の海坊主  <クモユニ81003> (1981年1月)
  • 国鉄時代のEF81より (1982年)
  • 国鉄時代のEF81より (1982年)
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